April 25,2019

Ryan McGinley に聞く

Polaroid Originals MagazineにPeter Boescが寄稿

Ryan McGinleyが新しいPolaroid OneStep 2カメラの誕生を祝って、私たちがインスタントカメラの次世代写真家を発見する手助けをしてくれました。McGinleyはパーソンズ美術大学でグラフィックデザインを学びながら、ポラロイドを使ったシルクスクリーンプリントを始めましたが、「グラフィティライターとして犯罪者になる人生は嫌だと」思い、シルクスクリーンプリントではなく、写真家としてのキャリアを追求することにしました。彼はNan GoldinやLarry Clarkと比較されますが、彼の作品には、本質的に前向きの何か、存在の明るさ、若さのヒリヒリ感、つまり、快楽主義、薬物、身体を流れるさまざまな液体が充満しています。しかし、それだけではありません。ナイフで切れば愛と愚かさがあふれ出して、底流にある優しさが見えるような作品なのです。それは現代の楽園です。純真で、好奇心いっぱいの生身の裸が人間とは何かを探っています。McGinleyはこの独占インタビューで、ポラロイドへの強迫観念がどのように始まったか、そして、なぜ今日に至るまでこの媒体に引きつけられているかを語りました。

デンバー現代美術館(MCA Denver)で回顧展を開催した経緯を聞かせてください。年月を経て再びポラロイド写真を実際に手にしたとき、どのように感じましたか?

私が最初の5年間に撮った写真に焦点を当てた回顧展を開こうと、Nora Burnett Abrams館長が提案してくれて、Rizzoliが素晴らしいカタログを作ってくれました。ポラロイドには独特の化学物質の匂いがあって、いまでもその素晴らしい匂いが残っていました。匂いを嗅いですぐ、肉感的に、懐かしい思いが蘇りました。ポラロイドは、撮ったらすぐに被写体と一緒に写真を見て、それを共有します。そうしたことすべてがポラロイド写真の中に収まっています。撮影した瞬間から、歴史のDNAが生まれるのです。

MCA Denverの回顧展で自分のポラロイドカメラを展示したのは、なぜですか?あの複数のカメラは現在のあなたにとってどんな意味がありますか?お気に入りはどれですか?

カメラも展示したのはアーティストのツールを見ることに意義があると考えているからです。当時から今までにカメラを買ったすべてのフリーマーケットとドラッグストアを覚えています。愛用していたのは、Polaroid 600とPolaroid SX-70です。SX-70はこれまで作られた中で最も美しいデザインのカメラですね。

しゃれたストラップを付けているカメラが何台かありますが、あれはギターストラップですか?なぜつけるようになったのですか?

あれは70年代のビンテージカメラのストラップです。最初に自分のポラロイドにつけたストラップは、兄のニコンについていたものでした。それから、さまざまなフリーマーケットでヒッピーストラップを買い始めて、新しく買ったポラロイドにつけるようになりました。

展示する作品と、お蔵入りにする作品を選ぶとき、時間が経ったことで選択が変わったと思うのですが、当時の選択に比べて、年月が経って変わった現在の選択をどのくらい優先しましたか?最初は嫌いだったけれど、最終的に好きになった写真はありますか?

作品の展示を始めたとき、セルフポートレートを入れることはほとんどありませんでした。しかし、アーティスト兼写真家の活動を進めるうちに、自分がひどく傷つきやすい人間だということを示すことにしたのです。

どうして写真家になると決めたのですか?そのために克服しなければならなかった最大の不安は何でしたか?

写真家というレッテルを自分に貼っても良いと感じるようになるまで、数年間は、写真を食べて、吸い込んで、写真と眠る生活を送りました。初めの日からずっと自分をアーティストだと思っていましたが、写真が自分の一生の道になることを受け入れ、自分のビジョンを強化して、ひとつのスタイルを開発するまで、丸3年はかかったと思います。

あなたはここ何年も、カメラが自分の内気さを克服する力になったと言い続けています。カメラはどのように、その陰に隠れながら人とのコミュニケーションを実現する手段になれたのですか。あなたの手の中にポラロイドがあったことが、架け橋になったのですか?

他の種類のフィルムではなく、ポラロイドで撮影すると、すぐに被写体と結びつきます。写真を見て、話し合うという体験を共有できるからです。ポラロイドだと、フィルムが現像されて、その写真を一緒に見るという、儀式のような決まったプロセスがあるのだということをすべての人がわかっています。

あなたの作品は重いテーマを扱っていても、何かポジティブなものを表現しています。あなたは以前、「とてもカジュアルで、とてもリアルに見えるものが好き」で、キャスティングも大好きだと言っています。何を撮るかをどうやって選んでいるのですか?

私の意図を理解して、けた外れの写真を創り出す努力をいとわないアーティストたちと仕事をするのが大好きです。特に写真家は素晴らしい写真を作るプロセスを理解してくれるので、他の写真家との仕事はプラスになります。

あなたの寛大さは有名です。自前のコラム雑誌から始めたわけですが、どのように自分と友人たちの作品を広めていったのですか?現在のあなたの寛大さはどうですか?新世代のアーティストたちにアドバイスすることはありますか?

被写体を撮影する個人的な理由を見つけることが大事だと思っています。兄が90年代半ばにエイズで亡くなってから長年、HIV慈善団体と協力して、支援と注意喚起活動を行ってきました。Bonoとアフリカを回り、10年以上、AMFARのような組織に毎年、写真を寄付しています。最近はACRIAの役員になり、支援活動を行っています。

絵文字(現代版のイチジクの葉)を人体の特定の部分に貼るなどして、あなたのInstagramアカウントから不適切な部分を削除したように見えるのですが、それはあなたの作品の特徴とは逆の方向に見えます。最近の検閲傾向についてどう感じていますか?

#freethenipple(乳首解放運動)を強く信じていますが、多くのアーティストが守るべきガイドラインがあると思います。私は積極的に受け入れる練習をしつつ、流れに合わせています。

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あなたたちは昔、ドラッグをやって、ポラロイドを通して野火のように広げていきました。その後、ドラッグをやめたわけですが、いまでも写真を撮ることでハイになりますよね。ポラロイドには中毒性があるのですか?どうしてそんなに中毒性があるのでしょうか?

中毒性と強迫観念は密接に関連しています。偉大な写真家になるには写真を撮ることにとり憑かれていなければなりません。それは健全な強迫観念です。フィルムがポラロイドか本物かという議論は実にくだらないと思いますが、なかなか終わりませんね。

あなたの友人の一人であるMarc Hundleyによると、あなたは、ポラロイドに取り憑かれているときに、あらゆるタイプのアーティストに関するあらゆるドキュメンタリーを見たそうですね。そのとき何を学んだのですか?お勧めのドキュメンタリーは何ですか?

私が気に入っているドキュメンタリーは『地獄の黙示録』のメイキングである『Hearts of Darkness(ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録)』ですね。自分の芸術のために自分の正気すら犠牲にすることを心底教えてくれる作品です。自分の媒体の歴史を学ぶことは、アーティストにとって大事なことです。なぜなら、それを脱構築できれば、自分自身のビジョンを作ることができるからです。

都会から離れて自然の中で撮影を始めたことで、作業プロセス体験はどんなふうに変わりましたか?

自然の中での撮影はスピリチュアル体験の要素が大きいし、自然は平和で静かな広がりを持つ素晴らしい遊び場でもあります。自然は常に変化して、再び成長し、新しい何かになります。都会では、そのようなことは起きません。

Mike Millsは、「あなたのカメラからは愛がほとばしっている」と言いました。あなたは人間の状態を解読しますが、その際、どのように感情を撮るのですか?

まず、被写体が自分の感情を表現できる状況を作る必要があります。私は音楽と動きを使うのが好きです。次に、これは私のスキルのひとつですが、私は素材を認識して、編集し、だれでも理解できる美しい一瞬に落とし込むことができるのです。

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